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―現代の表具職人の挑戦― ![]()
2.表具屋さんの一日 3.表具屋今昔 4.表具の魅力 5.おわりに 職人レポート第1回目は、表具職人の塩田鯉昇さんの仕事場へおじゃましました。すまいづくりに興味をもっている人にとっても、「表具屋さん」というのは、あまり馴染みのない響きかもしれません。しかし、ちょっと家の中を見回してみて下さい。襖、障子、掛け軸…いろいろなところに、表具屋さんの仕事を見つけることができます。
塩田さんの仕事は朝の10時から始まります。「職人は朝が早いというイメージがあるけど、家の用事をすませてからだとこのくらいの時間になってしまうんです。」塩田さんが受ける仕事の範囲は往復30分の距離。だいたい、朝に襖を回収しに出掛けて、修理して夕方に届けるのが基本です。 店に訪れる客のほとんどはリピーター(つまり、昔からの馴染み)で、あとは、看板を見て入ってくる人だそうです。「職人というと、気難しいイメージもあって、紹介でもないといきなり訪ねていくのは抵抗があるようです。」 「どんな仕事が多いのですか。」という質問に、「近ごろは、網戸の張り替えなんていう仕事もあります。本当はやりたくないんですけどね。」ともらしていました。
阿倍野には、塩田表具店以外にも十数件の表具屋さんがあります。材料店も、歩いて行ける距離に二件、天王寺バイパスを越えたところにもう一件あり、他の地域に比べて比較的表具屋の活動が活発です。しかしこれでも、昔に比べるとずいぶんと店の数が減ったのだそうです。店の少なくなった原因は、やはり跡継ぎの問題で、職人の高齢化も問題となっています。現在は、和歌山から枠を仕入れており、引き手もメーカーものが主流となってきているそうです。 上の絵でも分かることですが、表具がつかわれる場所は、畳のある部屋、つまり和室が主な場所です。昔は長屋だと40枚くらいの襖が必要だったのに、今では家1件につき5〜6枚くらいしかなくなったそうです。 塩田さんが表具やさんになったのは、父親の後を継いだからでした。「私の父は、戦争が終わってすぐ、昭和23か4年ごろに、ここで表具屋を始めました。小学生くらいのころは、よく手伝ったものです。だから、表具屋を継ぐのは当然と思っていたのかもしれません。職業訓練学校を卒業してすぐに、この仕事をはじめました。自分がサラリーマンになるというのも全く想像出来ませんでした。」
昔から住まいの中で多く使われている表具ですが、そんな襖の魅力を教えて貰いました。
塩田さんは仕事以外にも、ご自身の使う棚を作ったりしています。塩田さんの作った収納棚の扉は、ちょう番などをつかわずに紙のみで留まっています。2枚の扉は山にも谷にも折ることができ、襖の軽さを生かしたものになっています。
塩田さんの仕事場で、技能グランプリの賞状をみつけました。他にも、技能士の章がかけてありました。「若いころは自信をつけたくて、資格に挑戦したりしました。」 塩田さんは、表具店の仕事の他にも、展示会などにも精力的にとりくんでいます。1993年には、「襖デザインコンペ」を行い、募集したコンペ案を、塩田さんらが協力して実際に作ったそうです。「この企画はすごくおもしろくて、本当は第2回、3回と続けてやりたかったのですが、予算の都合がつかず、結局1回で終わってしまいました。なんだか消化不良になった感じなんです。だから、こういったことをまたやりたい。このコンペは、どちらかというと建具よりだったので、今度は、描き絵襖なんかをやりたいと思っています。」と語ってくれました。
普段あまり気にすることはありませんが、表具とは、実はとてもつかいがってがよく、空間の表情を変える力を持った、魅力的なすまいの道具です。塩田さんは、そんな道具を、伝統的な技術だけでなく、現代的な要素も取り入れた表現を追究しようとしていらっしゃいました。このレポートを通じて、表具が少しでも身近に感じてもらえればとおもいます。
取材・文・写真:北浦千尋(2003.5.29) ◆プロフィール 1955 阿倍野区生まれ ◆連絡先 6623-8559 阿倍野区阪南町4-1-25 ◆参考ホームページ 日本襖振興会 からかみ屋…表具のショールームです。天王寺にもあります。
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