れは奥田さんが私たちに熱く語ってくれた言葉です。「どんなことでも、たとえ釘一本に対してでも、エネルギーを使って接すればそれは応えてくれる。みんな生きているから、なめてかかってはダメだ。」
このことは奥田さんの体験談に深く関係していると感じました。その体験談をちょっとご紹介…
・中学卒業後丹波から大阪に出て、大工見習いをしながら、
今宮工業高校の夜間で建築の勉強をする。
・高校卒業後、19歳のときに秋田県の民族舞台に参加する。
八丈島太鼓とソーラン節の踊りに、背筋が寒くなるほど感動する。
本当に演劇をしようと一時は決心する。が、友人に反対される。
・「それほど熱があるなら地元大阪でやったれ」と思い、
26歳のときに、友人と2人で、なんばで盆踊りをしようと決心。
たくさんの波乱とぶつかりながらも、3000人もの人がくる大成功を収める。
この盆踊りは、その後10数年続くことになる。
・大工仕事をしながら、ベトナム戦争反対、沖縄返還運動などの平和運動に参加する。
・家庭を持ち、落ち着いてきた頃に、民謡を始める。
今では『唄準師範』『三味線名取』といった称号を得られるまでに。
「三味線は、3本の糸ですが、一本だけでは良い音色は出ず、3本がきちっと調弦されて、始めてその一本の音もさえてくる。全ての建物も人間関係も同じで、自分だけがと目立つようにすると、結局その本人(物)もひからなくなる、そんなものだ」と言われていました。
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