■阿倍野歴史■


森本成毅 : モリモトシゲキ

阿倍野区在住
TEL:06-6629-1203

準備中

*1943(昭和18)年、阿倍野区播磨町に転居して来ました後、米軍の空襲が激しくなった頃に1年間ほど亡母の郷里であった愛媛県今治市に疎開した他は、ずっとこの地に住まいしてきました。今年の11月で在住、満60年となります。と言うわけで、生まれは兵庫県尼崎市ですが、「故郷は・・」と言えばこの阿倍野区だとの思いが強いです。

*昨年、奥田建設さんにお願いして、新しく家を建てていただきました。その際、強く意識しましたのは「老後に備えて、バリアフリーを心掛け」更に「高温多湿の夏を出来るだけエアコンに依存せずに過ごせるように」と言うことでした。入居しまして、未だ五ヶ月ですので、一年を過ごしましてから、目標通りの造りになっているかどうか、吟味することになりそうです。

*若い頃から、建築物に思いを致す際は、『徒然草』の「家の作様は、夏を主とすべし。冬はいかなるところも住まる。暑きころ悪き住居堪へがたきことなり。」(第五十五段)と言う言葉に捕らわれてきました。熱帯並の夏季の気候を考えますと、とにかく、今夏を過ごしてみないことには・・・と思う次第です。(2003年5月記)

*37年間、高等学校で主に地理や歴史を担当してきましたが、2000年の春に退職しました。現在は社会福祉法人・大阪聴力障害者福祉事業協会など、3ヶ所の社会福祉施設でボランティアをしています。学校勤めの頃に比べ、少し時間の余裕もありますので、主として幼少の頃に見聞した事柄、即ち急激に都市化していった町の様子を文章化しようと思っています。(2005年12月記)